赤坂迎賓館にて。

天皇陛下退位

朝から霧雨の降る一日 第125代平成天皇の退位の日となる赤坂迎賓館での見学をさせて頂きました。あらためて日本🇯🇵の歴史、現人神としての天皇と日本人の深い慈しみを強く感じる事となりました。陛下、皇后様への感謝の思いが溢れます。

明治の洋風建築の総決算 大正天皇となる皇太子・明宮嘉仁親王のために、1909年(明治42年)、紀州徳川家の江戸中屋敷跡に建てられました
嘉仁親王が大正天皇となった後は、離宮として使われることとなり、赤坂離宮と呼ばれるようになったのだそうです。

その後、皇太子裕仁親王(後の昭和天皇)がしばらくお住まいになっていたこともあったそうですが、昭和天皇になった後は、離宮として使用することもほとんどなくなり
第二次世界大戦後も、昭和天皇が赤坂離宮に移り住むことはなく、御所として使われることはありませんでした。

浜離宮など…離宮として呼ばれるところは他にもあります。

第二次世界大戦後、建物と敷地は国へ移管

戦後、皇室財産であった赤坂離宮の建物とその敷地は、国へ移管されました。

和風別館和風別館「游心亭」ガイドさんがついての丁寧な説明があり、こちらは見学人数が限定されています。(120名)抽選となります。

東宮御所などの設計で知られる建築家、谷口吉郎氏の設計により昭和49年(1974年)に建設されました。 迎賓館本館で執り行われる行事や接遇が洋式であるのに対し、和風の意匠と純日本のおもてなしで諸外国の賓客をお迎えするための施設として利用されます。 日本の「家」と「庭」が持つ美しい特性を感じていただくとともに、お茶・お花・和食などにより、「和」のおもてなしを提供しています。 

トランプ大統領も餌やりをした…みごとな鯉が優雅に泳いでいます。

茶室

五葉松など樹齢170年の盆栽

本館の贅をつくした洋風建築

和風別館は日本の伝統的な建築、匠の優れた技術は品格があり落ち着いた日本らしさを感じます。

天皇と日本人とは…

赤坂離宮・迎賓館・游心亭 国の宝を是非ご覧いただき日本国に尽くす多くの力を感じて頂けるのではないかと思います。

この度の記念すべき時にご参加頂き誠に有難うございました。御礼を申し上げます。

赤坂迎賓館にて。” への1件のフィードバック

  1. 日本に生まれ東京で暮らしながらも、初めて迎賓館そして游心亭に触れる事ができました。
    しかも、一つの時代が変わる瞬間に。
    令和の意味を海外に伝える際には、外務省公式ではbeautiful harmony
    というそうです。
    この場で美しい調和を体感することができました。
    ありがとうございました

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