銀巴里

シャンソン喫茶

銀巴里の跡地に石碑が建っています。通りを歩いていても見逃してしまいそうですが…この場所に銀巴里を愛する方々に思い出を残しています。

あまりにも有名な方々が原点とし出演していたお店ですがその懐かしい思い出を聞いている1人として…銀座がもっともオシャレでカッコいい時代のお話、銀座がなぜ素敵なのか?が少し理解出来るように感じます。

1990年12月29日、銀座7丁目のシャンソン喫茶「銀巴里(ぎんぱり)」39年 閉店

12/29この日を記念してシャンソンの日となっています。

1951年(昭和26)、銀座に誕生した喫茶

「銀巴里」のスターと聞いてすぐ名が浮かぶのは、歌手の美輪明宏氏1952年(昭和27)、当時新宿駅で寝泊まりしていた17歳の美輪は、「美少年募集」の張り紙を見て応募。専属契約を交わして歌手デビューした。

美輪の噂はたちまち広がり、マスコミは「神武以来の美少年」、「シスターボーイ」と持て囃した。

美輪はその中性的な外見を活かし、髪の毛を紫に染め、紫の衣装、紫の靴という出で立ちで銀座を闊歩した。これにより”銀座には紫の綺麗なお化けが出る”

やがて「銀巴里」は、芸能人や文壇の人々が多く集まる魅惑の店となる。三島由紀夫や野坂昭如、寺山修司、吉行淳之介らが集まり、夜ごとシャンソンに耳を傾けた。また、歌手としては戸川昌子や加藤登紀子が在籍したことでも知られている。才能溢れる人々がシャンソンによって繋がっていく、「銀巴里」はそんな場所だったのである。

美輪の噂はたちまち広がり、マスコミは「神武以来の美少年」、「シスターボーイ」など

やがて「銀巴里」は、芸能人や文壇の人々が多く集まる魅惑の店となる。三島由紀夫や野坂昭如、寺山修司、吉行淳之介らが集まり、夜ごとシャンソンに耳を傾けた。歌手としては戸川昌子や加藤登紀子が在籍したことでも知られている。才能溢れる人々がシャンソンによって繋がっていく、現在「銀巴里」のあった場所(銀座7-9-10)紫の履歴書より引用

その時代…銀巴里に行く事は憧れでもありオシャレで背伸びして大人になる自分を磨く為に行っていたのよ。さぞかし素敵な時であったのだろうと思い出はなしを聴きながら想像していました。

アッ!この石碑を見つけましたら…そんなお話を思い出して欲しいと願っています。銀座の素敵はこの場からも刻まれている事を。

銀巴里” への2件のフィードバック

    1. 林様

      ぜひ、ご利用ください。
      イベントにもご参加頂けますことお待ちしております。

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